小説のミステリーカテゴリ二番目に紹介したいと思っていたのはこの島田荘司先生の『占星術殺人事件』(講談社文庫)。『十角館の殺人』と並び、この二冊は私にとってミステリー小説の二大巨頭であり、もちろん世間一般的にも高く評価されている作品です。その巧妙なトリックや推理の過程は、多くのミステリ愛好家に衝撃を与えました。
日本の推理小説に〝新しい古典〟というものがあるとすればさしずめ本書『占星術殺人事件』はその最たるものだろう。(中略) 内容の絶対的価値は言うまでもなく、後続の作家たちに与えた影響力そして80年代後半からのトリッキイな本格推理時代の再来に先駆けた先見性によって〝新しい古典〟の地位を十分要求できるものだ。
光文社文庫版解説より ミステリー評論家 新保博久氏
このように新保博久氏の言葉通り、綾辻行人先生や東野圭吾先生、我孫子武丸先生、その他大勢の方たちに影響を与えたと言われている島田荘司先生。「影響を与えた」と言われている方たちがビッグネーム揃いなのもやはり島田先生の偉大さをしみじみと感じます。
犯人やトリックを知った時の衝撃が強すぎて、その時の事を忘れられなくてまた読みたくなるいつまでも魅力的な作品です。
この『占星術殺人事件』は途中に読者への〝挑戦状〟が出されます。そこまでにすべての材料は揃っていてもちろんその中に犯人もいる、さあ誰が犯人だと思いますか?という事なのですが、これがまたさっぱり分からない。二回目の挑戦状は犯人の名が告げられた後で再び出されるのですが、それでも、分からないのです。ピンともこない。
そしてどういう風に犯行が行われたのか、どういうトリックを使ったのか、という事が明らかになっても登場人物と同じように、どういうことなの?と教えて!早く教えて!と前のめりになってしまうのです。
前置きが長くなってしまいましたが、紹介していきますね
『占星術殺人事件』のあらすじ
密室で殺された画家が遺した手記には、六人の処女の肉体から完璧な女=アゾートを創る計画が書かれていた。彼の死後、六人の若い女性が行方不明となり肉体の一部を切り取られた姿で日本各地で発見される。事件から四十数年、未だ解かれていない猟奇殺人のトリックとは!? 名探偵・御手洗潔を生んだ衝撃のデビュー作、完全版!
『占星術殺人事件 改訂完全版』講談社BOOK倶楽部より
設定が少々複雑になっています。
物語は、1936年の東京で発生した未解決の猟奇的殺人事件から始まります。画家であり占星術師でもあった梅沢平吉が自宅で惨殺され、彼の娘たちも行方不明になるという謎めいた事件が展開されます。この事件は、平吉が残した「占星術に基づく秘儀的な儀式によって女性の体をばらばらにして、理想の女性を作る」という狂気的な計画に関係していると見られ、特異な猟奇性が事件をさらに不気味なものにしています。
警察は事件を捜査しますが、手掛かりが少なく、犯人は捕まらないまま長年が経過します。そして1979年になり、この未解決事件に挑むのが御手洗潔(みたらいきよし)とその友人で語り手となる石岡和己です。二人はひょんな事から、この日本中を震撼させた40数年経っても誰も解決できていないという猟奇殺人事件の関係者による手記(しかもまだ世に出ていない)を読む機会を与えられます。それを読んだ彼らは事件が起きた当時の証拠や手がかりを再検証し、現代の視点から事件を解明しようとします。
物語の核心には、占星術やオカルト的な要素が絡み、さらに被害者の女性たちがそれぞれの星座に対応しているという点もミステリアスな雰囲気を醸し出しています。しかし、御手洗は占星術の迷信や謎めいた儀式の裏に隠された論理的な解答を見つけ出し、誰も予想できない驚愕の真相を解き明かします。
そして3つの手記がストーリーの軸となっています。まず、梅沢平吉の手記から始まりますが、なかなか癖のある内容でこれは物語なのか、妄想なのか、というような内容です。この手記を書いた後で平吉は殺されてしまうのでもちろん意図を確かめようがありません。次に別の人物の手記が出てきます。それはまだ犯人が捕まっていない日本中を震撼させた猟奇殺人に関わったかもしれない、という告白の手記です。殺されたのは最初の手記を書いたとされる男の娘たちです。この2つの事件はどこでどう繋がっているのか?
これらを読んだ上で、御手洗と石岡のコンビが推理を巡らせていきます。そして御手洗が突然全ての事件の謎を解いた後に、真犯人から犯行の詳細が書かれた手記が警察に届き、御手洗たちが読むことになります。この3つの手記を読むことによって読者も御手洗と一緒に推理をして、そして解決に至るというように参加しているような気持ちにさせてくれるのです。
作中の舞台もかなり昔になりますが、事件が起きたのはさらにその昔になるので、この昭和初期の世相や考え方などが今とはかなり違い、言葉も古かったりするので読み進めるのがなかなか難しいかもしれません。
感想(ネタバレも?)
◎肝心なネタバレはしませんのでご安心ください。
主役コンビ
まず、名探偵として登場するのが御手洗潔(みたらいきよし)。なかなかな名前ですが、本人も作中で名乗りたがっていません。ちょっとエキセントリックな感じで言動もシャーロック・ホームズみたいだなぁと思うのですが、本人はホームズの事をボロクソに言うので相棒の石岡が怒っています。(彼はホームズマニア)
同族嫌悪ってやつですかね?
今回は正に御手洗は〝安楽椅子探偵〟で、脳味噌を働かせています。そして石岡は御手洗を出し抜こうという訳ではないですが、あれやこれやと推理して気になる人物に会いに行ったり、その人の話の中で引っかかる人が出てくると遠方でも会いに行ったり、好奇心が強いというのもありますが行動力がすごい。
その中には「これ、当たりを引いたのでは?」と思ってしまうくらい怪しい人物も出てきたのですが、結局は全く関係はなく、更には石岡のたった一言から閃いた御手洗が犯人を特定し居場所まで突き止めて一人で会いに行ってしまうという展開で、石岡には同情するというか……お疲れ様です、って声をかけてあげたいくらい可哀想で。
御手洗はかなり自己中心的で自由で石岡を振り回しますが、石岡は腹を立てながらも結局は納得して一緒にいるのが微笑ましく思えてしまいます。
奇想天外なトリック
この作品が今でも語り継がれているのは、その意外過ぎる犯人とその犯行、トリックが全て予想外な事ばかりだからだと思われます。綺麗に騙されたと言いますか、まさかあの人が犯人とは、となりますし、どうしたらこんな発想がでてくるのかとただただ感嘆してしまいます。そればかりか、殺害から遺棄までがなかなか猟奇的なのでその影響である程度のイメージがついた犯人像が生まれてミスリードされてしまいます。しかしながら〝猟奇的〟になってしまった事には大きな意味があったんのだと、真相に辿り着いたときに分かるのです。
犯人の入念な計画には唸ってしまいますし、途中アクシデントも起きるのに冷静にやり過ごすところが半ばサイコパスな人物のように感じますが、なぜだか同情してしまい捕まらなければいいな、と思ってしまうのです。
ここからは余談となります
ちなみに今作最大のトリックは、のちに金田一少年……ゲフンゲフン、某推理漫画でそのトリックを使った事件が出てきます。私はドラマで見た時に、これ占星術殺人事件じゃん!って普通に思いました。しかも1時間ドラマ(実際は45分ほど)に収めなければいけないからか、駆け足で進んでとても雑なストーリーで「ひどい」と感じたのを記憶しています。そして当然のことながら後にこれが問題になりました。
島田先生は〝類例のないトリックであると自負しており、トリックの価値を護るために映像化などの二次使用はお断りしているので、『占星術』をもとにした作品を TV 化する企画があるならば絶対に止めて欲しい〟というお考えだったので、お伺いも立てず許可も取らずに無断でドラマ化(許可取りしてもOKは出なかったでしょうが)していたという事も露見しました。
トリックには著作権はないとはいえ、やはり『この作品と言えばこのトリック』『このトリックと言えばこの作品』のように周知されているものは、原作者や出版社に確認を取るべきだと思います。パクったとか真似したとか二番煎じだと非難されたり揶揄されるくらいなら、最初から許可なり確認を取ってオマージュしていると宣言すればいいのです。
トリックとは違いますが湖に逆さまになって突き刺さって湖面に足だけ出して死んでいる人物が出てきたら、「犬神家の一族だ!」ってなりますよね。それだけ人々に強烈な印象を与えている事柄に関しての取り扱いは大切だと思います。
ちなみに上記のドラマはビデオやDVDで発売されてはいますが、その話だけは収録されていません。キャストも可哀想ですよね。
コミカライズや映像化はされているの?
漫画で読める?
残念ながら、この作品でのコミカライズはされていません。
ただ、島田先生が原作を書き下ろし、源一実先生が作画の『御手洗くんの冒険』という漫画が2003年に南雲堂から発売されています。これは御手洗潔の子供時代を描いた内容となっています。
そして2012年に〝モーニング〟で『ミタライ 探偵御手洗潔の事件記録』というタイトルで原 点火先生作画で漫画化され、2012年より不定期に連載されており、講談社のモーニングコミックスから3巻まで発売されています。
こちらは御手洗潔シリーズの短編や中編作品を描いた内容ですが、占星術殺人事件は入っていません。
そして2016年に御手洗潔シリーズ初の映画化である『探偵ミタライの事件簿 星籠の海』(原作『星籠の海 The Clockwork Current』)公開を記念して、ヤングマガジンにて赤名 修先生作画で連載されました。
こちらは講談社のヤングマガジンコミックスから『御手洗潔@星籠の海』というタイトルで2巻まで発売されています。(2巻完結です)
という事で、御手洗潔シリーズはコミカライズされたものもあるのですが、占星術殺人事件は漫画化されていません。
実写化は?
『占星術殺人事件』はドラマ化や映画化はされていません。
ただ、御手洗潔シリーズの他の作品は映像化されています。
2015年にフジテレビで『天才探偵ミタライ〜難解事件ファイル「傘を折る女」〜』というタイトルで『UFO大通り』収録の『傘を折る女』がテレビドラマ化されました。突然の事だったので驚いたのと同時に御手洗潔を演じるのが玉木宏、石岡和己を演じるのが堂本光一というキャストにもビックリ。さらにドラマの最後に〝to be continued?〟とあったので「続編が!?」とワクワクしてたら、なんと数か月後に映画化が発表されました。それが前述の『探偵ミタライの事件簿 星籠の海』です。
映画化に喜んでいましたが、何とキャストに変更があり、玉木宏はそのままでしたが、石岡和己はいなくなってて石岡の代わりに映画オリジナルキャラクターとして広瀬アリスがその役目を担っていました。広瀬アリスは可愛いし良かったのですが、石岡がいない御手洗シリーズとは…?という。堂本光一を再キャスティングできない事情があったのでしょうか。
映画はオープニングがなかなか衝撃というかすごい始まり方だったのでちょっと引いたんですけど、舞台となった福山市の景色も美しかったし、キャストも演技派の人が多かったので結構引き込まれまして面白かったです。
Amazon Prime Video『探偵ミタライの事件簿 星籠の海』
という事で、御手洗潔シリーズは映像化されたものもありますが、占星術殺人事件は実写化されていません。
最後に
名だたるミステリー作家達に影響を与えたと言われる島田荘司先生。ぜひこの『占星術殺人事件』を読んで奇想天外な構想と大胆なトリックを味わってください。
文字だけでは分かりにくいからか途中に図解による解説も載っていて、こういう事か!ととても分かりやすいです。理解すれば理解するほど、すごいトリックだという事を実感することができます。
この御手洗潔シリーズは次作に『斜め屋敷の犯罪』があり、これが後々、綾辻先生の館シリーズや他作家の〝変形屋敷ミステリー〟に直接影響を与えたのではと言われる作品です。ぜひこちらも併せて読んで欲しいです。
ちなみに綾辻先生の館シリーズの探偵〝島田潔〟の名前は、島田先生と御手洗潔を合わせたものだそうですよ
コメント