『月光ゲーム Yの悲劇’88』のあらすじとネタバレ感想

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有栖川有栖先生のデビュー長編作、『月光ゲーム』(創元推理文庫) 。いわゆる『学生アリスシリーズ』の一作目です。『学生アリスシリーズ』は別名『江神シリーズ』とも呼ばれます。

『学生アリスシリーズ』というのは京都の私大・英都大学の推理小説研究会「英都大学推理小説研究会(EMC)」に属する部長の江神二郎と後輩の有栖川有栖のコンビが活躍するミステリーのシリーズです。対となるのが『作家アリスシリーズ』で、こちらは英都大学社会学部准教授の火村英生と推理作家の有栖川有栖のコンビが活躍するシリーズです。

作中の有栖川有栖は同一人物なのか?というところですが、この両シリーズはパラレルな世界となっており、作家アリスシリーズに登場する推理作家の有栖川有栖が執筆しているのが『学生アリス』であり、学生アリスシリーズに登場する大学生有栖川有栖が執筆しているのが『作家アリス』という事になっています。

それではご紹介していきましょう!

目次

『月光ゲーム Yの悲劇’88』のあらすじ

夏合宿のために矢吹山のキャンプ場へやってきた英都大学推理小説研究会の面々——江神部長や有栖川有栖らの一行を、予想だにしない事態が待ち構えていた。矢吹山が噴火し、偶然一緒になった三グループの学生たちは、一瞬にして陸の孤島と化したキャンプ場に閉じ込められてしまったのだ。その極限状況の中、まるで月の魔力に誘われでもしたように出没する殺人鬼。その魔の手にかかり、ひとり、またひとりとキャンプ仲間が殺されていく……。いったい犯人は誰なのか? そして、現場に遺されたYの意味するものは何? 平成のエラリー・クイーン=有栖川有栖の記念すべきデビュー長編。

創元推理文庫 中表紙より

またもやデビュー作です。どうしてデビュー作でこんなの書けるの?っていう。今までこのブログで紹介した『十角館の殺人』や『占星術殺人事件』もそれぞれの先生のデビュー作なんですよね。

物語の舞台は、真夏の休暇中に友人たちと出かけた大学生たちが訪れた岐阜県の山奥にあるキャンプ場。主人公である有栖川有栖(通称:アリス)と、江神たち四人は偶然キャンプ場で一緒になった他大学の学生たちと総勢17人で楽しいひと時を過ごしていました。

ところが、最初にサリー(山﨑小百合)がいなくなってしまいます。本人の「山を下りる」という手紙が残されていて、理由が分からず皆は戸惑います。数名が探しに行こうとすると突然噴火が起きてそれどころではなくなります。山が崩れて麓に降りられないと絶望している所に第一の殺人が起きます。残されたダイイングメッセージ。そして二人目が殺され、また一人姿を消してしまいます。その間にも山は噴火を繰り返し、山の中に閉じ込められた若者たちは外界との連絡が断たれ、まるで密室のような状況に追い込まれます。

この連続殺人事件に江神は冷静な推理で事件の真相に迫り静かに犯人を追い詰めていきます。しかし、事件の背景には意外な動機や複雑な人間関係が絡んでおり、犯行の手口も一筋縄ではいきません。
物語のクライマックスでは、江神が論理的な推理を駆使して真犯人を暴き、山奥で繰り広げられる月光の下のゲーム(事件の謎)が解き明かされていきます。

『月光ゲーム』の登場人物

登場人物は多いです。読みながら「この人は何大学のどんな人だったっけ?」と最初の登場人物紹介をめくってみる事数回。まあ人数が多いから犯人が誰かなかなか絞り込めないんですよね~。

英都大学・推理小説研究会

江神 二郎(文学部4回生)………謎多き部長。浪人と留年をして26歳。本シリーズのホームズ役。
有栖川 有栖(法学部1回生)……通称アリス。本シリーズのワトソン役。将来の夢は推理作家
望月 周平(経済学部2回生)……通称モチ。長身でやせ型。エラリー・クイーンの大ファン
織田 光次郎(経済学部2回生)…通称信長。ずんぐりむっくり。モチとの会話は漫才のよう

雄林大学(ハイキング同好会)

北野 勉(経済学部3回生)……通称ベン。愛想がよくリーダー気質
司 隆彦(商学部3回生)………通称ピース。声が大きい。ヘビースモーカー
戸田 文雄(法学部2回生)……通称弁護士。キャンプに小六法を持参した真面目くん
竹下 正樹(文学部3回生)……通称博士。〝見るからに理学部〟
晴海 美加(文学部3回生)……シャープな印象を与える顔立ち。落ち着いている。
菊池 夕子(文学部2回生)……明るくて気さく。割と騒がしい。
嵐 竜子(文学部1回生)………シャイで大人しい。

雄林大学(法学部3回生グループ)

一色 尚三(法学部3回生)……ひげを生やしており意外とお喋り。
見坂 夏夫(法学部3回生)……通称神主。家が神社。イケメンで明るい。
年野 武(法学部3回生)………彫りの深い顔立ちで憂いがある。

神南学院短期大学

山崎 小百合(英文科1回生)…通称サリー。クリスチャン。不思議な魅力のある女性。
姫原 理代(英文科1回生)……長い黒髪が綺麗な女性。
深沢 ルミ(英文科1回生)……通称ルナ。月に取り憑かれている〝月人派〟

全員で17人! ニックネームがあるのはありがたいですね。

『月光ゲーム Yの悲劇’88』の感想(軽いネタバレ有)

UnsplashSoliman Cifuentes

ミステリ好きの大好物、クローズド・サークル

休火山だった山が突然噴火し麓に降りる道が閉ざされてしまい、陸の孤島となってしまう。——来ました! クロズド・サークルです!

クローズド・サークルとは外界との交通や連絡手段を絶たれた閉鎖空間で起こる事件を扱った作品のことです。

雪山に閉ざされた山荘や、無人島にポツンと建てられた屋敷とか、海の上の豪華客船とか、クローズド・サークルにも色々あるわけですが、この作品の舞台である矢吹山は二百年前に大噴火があり、十年前に小規模の噴火があったという休火山で今ではキャンプする人も訪れるような山。それが突然噴火するわけです。

地面は大きく揺れ、火山れき(火山の噴火により放出された火山岩の破片)が容赦なく降り注ぎ、もやや火山灰で視界も悪くなる。そして山が崩れていて麓に降りることもできないという中で、殺人事件が起こるという踏んだり蹴ったりどころではない考えうる限り最悪の状況です。

まだ山荘とか屋敷とかなら殺人犯にだけ警戒すればいいのですが、噴火している山なんて。いつ地面が割れて落っこちたり、火のついた火山れきが自分に直撃するかもしれないという命の危険が二つも三つもあるのです。クローズド・サークルの中でもなかなか厳しい設定だと思います。

実際、ピースがアリスにナイフを振り回す殺人狂に刺し殺されるくらいなら、大噴火で全員もろともっていう方を選ばせてもらうよ」と言っています。いやぁ、その気持ちわかるわ……。せめて苦しみは一つでいい……。

疑わしい人物が多い

まあ17人もいる(江神さんとアリスを除くと15人になるけれど)のでまず名前を覚えるのが大変で、人物像を掴む前に噴火が起きてそっちにハラハラしていたら最初の殺人が起きてしまうので、犯人の動機どころか殺される原因も全く分かりません。

読み進めていくとちらほら怪しい人が出てきます。最初に通称弁護士くんが殺されるので、同じハイキング同好会の面々が怪しいな…?となります。だってまだ殺人を犯すほどの関係性を築いたか?っていう。そんな一日二日顔を合わせて、しかもこんな限られた場所で過ごした状況でそんな憎悪を持つのだろうかと。実は過去の事件で因縁があるのでは?という推理も作中には出てきます。

中盤の時点で殺されて死体が発見されたのが二名、行方不明になったのが二名という状況なので、この〝居ない人物〟をどう扱うかという事ですね。死んでいるのか生きているのか。いなくなったのか実はどこかに隠れているのか。これがまた犯人を特定しにくくなっています。

証拠品

色々と証拠品が出てくるのですが、みんな意味ありげなんですよね~。しかも肝心の凶器を特定することができずにいたのに急にそれらしいものが出てきたと思ったらあっというまに退場してしまいます(アリスのせい)。

安置されていた遺体から、行方不明者の切断された指が出て来た時はさすがに犯人の狂気を感じました。その指は大きな意味を持っていたから犯人を絞るヒントになるかも?と思ったのですが、指輪が嵌まったままだったので指輪が欲しくて切断したのではないのか? と余計に分からなくなったり。

あとモチのカメラのフィルムが抜き取られていたという事。この事実が出て来た時、「フィルムに写ってはいけないモノが写ってたんだ!」「写るとまずい…という事は犯人はあの人では?」とモチと同じように興奮して、そして江神さんの言葉に撃沈するのです……。せっかく撮った被写体を思い出して羅列したのにね。モチお疲れ様。
そしてなぜフィルムを抜かれたのかという真相にさらにビックリ。それは思いつきませんよ……。

マッチがそんなに大きな意味を持つとは思わなかったけれども、これが肝だったのだなぁと。江神さんは証拠が出そろったところで容疑者を二人に絞っていたけどそのうちの一人は亡くなってしまい、そしてここの謎が解けたから江神さんは犯人が〝判った〟訳です。

江神二郎という男

いいですね。この飄々とした感じ。実際年齢もこの時点で26歳なので兄貴感が満載なのですが、変に落ち着いているのでサークルの顧問と間違えられてるのは微笑ましい
何と言っても洞察力が凄い。理代に視線を送っていたアリスを見ただけでアリスの恋心に気づいたり、その恋は叶わないだろうと早くから分かっている所なんてまさに。理代はアリスに対してちょっと思わせぶりなところもあったんですけどね。
犯人が残した手紙一枚から怪しい人物を探り当てていたのも、みんなが首を捻ったダイイング・メッセージの真相に気がつくのも、流石としか言いようがないです。
江神さんがいる推理研究会に入りたいですね。

その他

最初、モチと信長も容疑者の中に入れていたのは彼らがどういう立ち位置なのか分からなかったからなのですが、読み進めるうちに完全にこちら側だな、と。まあ今後のこのシリーズで推理研の面々はレギュラーとして出てきますので早くにこの二人を切って正解でした。この二人のやり取りはテンポが良くて心地よい

終盤に〝読者への挑戦〟が出てくるのですが、その直前にある人物への疑いが完全に晴れます。実は、私はその人が犯人ではないかと思っていたので、かなりがっくりときました。ただ、美加もその人物を疑い、江神さんも犯人候補に入れていたと言っていたので、いい線いっていたのではと納得させています 笑。
死んだと思わせて死んでない、死体は別人で実は入れ替わっている、などのトリックが好きなので、完全に騙されました。

ダイイング・メッセージはミスリードなんだろう的な気持ちで読んでいたのですが、その真相を知って「その考えはなかったわ!」って素直に驚いてしまいました。ここで名前の叙述トリック……いや、視覚トリック?にやられるとは。

漫画化はされているの?

はい! されています!

マックガーデンという出版社から発売されています。作画は鈴木有布子先生です。一巻完結なのですが、よく一巻におまとめになったなぁ…と。さすがに証拠やエピソード全ては描かれてはいませんが(フィルムとかテープの歌とか)、それが無くても余り違和感はないなぁという感じ。手書き文字で原作を補っているところもお上手です。(読み飛ばさないで欲しい…!)

この作品のように登場人物が多いとなかなか覚えられないので、漫画だとすんなりと頭に入ってきやすいかも。コミカライズありがたい。なんなら漫画を読んでから原作を読むとそれぞれの顔が浮かんでとても読みやすいですよ。

最後に

読者への挑戦状が出た時には状況やすべての証拠が揃えられているので、読者も真犯人を突きとめることはできるはずなのです。
江神さんが犯人の行動やトリックを看破していくラストは爽快で、「実はあの時こういう事があって……」とか「実はこんなものが落ちてたんだ」とか言って出してくることもなく、江神さんだけが知っているという事は全くなかったので読者も納得というか、ああ~分からなかったなぁ、と気持ちよく悔しがることができます

タイトルが月光ゲームで、月人派のルナの話が印象的な上に月の魔力に導かれて殺人が起こったと美しくまとめられる話なのかなと思っていたのに、犯人が最後に「月のせいじゃない」「真夏の照り付ける日の下でナイフを手に入れて人殺しの機会を窺っていた」「月のせいだなんて言わないで欲しい」と否定していて、逆にこんな事を言わせるんだってことが私には衝撃でした。江神さんの「全部月のせいにしてしまおう」という言葉をどうしても否定したかったのは、月の下での自分たちは幸せだった思い出しかなかったからなのかな、と私は感じました。

複数人を手にかけたのに、誰も犯人を非難したり責めたりしなかった。心に残るラストでした。

学生アリスシリーズはクローズド・サークルの長編シリーズとなっています。次は『孤島パズル』です。

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